(これ5年間くらい下書きに入ったままだった)
認識の相違があったとき、つい、事実を証明したくなる。
「あなたはあの時こう言った。」
「経緯はこうだ。」
「議事録に記載されている。」云々。
事実の証明は本当に"いま"必要なのか?「悪いのはあなただ」というメッセージが届くだけじゃないか?かえってややこしくならないか?優先すべきメッセージは他にないか?
エビデンスとしては必要かもしれない。しかし事実の証明を目的にするパターンって限られていないか?もめた時のための保険にはなる。でも真っ先に振りかざすものじゃないんだよね。得策ではない、という話だ。
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